タイトル | 狭い世界のアイデンティティー |
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原作・漫画 | 押切蓮介 |
出版社 | 講談社 |
暴力と理不尽が支配する件社。
兄の仇を探すべく、神藤 マホが
件社と漫画界に殴り込みをかける。
長期間第一線で実力を示し続ける
押切氏が描く、ハチャメチャながらも妙に
本音が散りばめられた、今までには
決してなかった業界ものの新機軸作品です。
狭い世界のアイデンティティーのあらすじ紹介
投稿した作品が認められ、
新人賞を受賞し、出版社の
パーティに招かれた少女、マホ。
しかし彼女は、漫画家になるのではなく、
兄の仇を探すために行動していたに
過ぎませんでした。
実際、出版界で巨大な力を誇る
「件(くだん)社」のパーティでは、
編集による作家への公然的なパワハラや、
ベテランによる若手への攻撃、さらには
打ち切りになった中堅作家たちが
はりつけにされるなどの暴力が
発生しており、人の命を大事にする
風潮など微塵もなかったのです。
そしてその後、壇上に立ったマホは、
居並ぶ漫画家たちに向かって、
ある宣言を行っていくのでした。
狭い世界のアイデンティティーのネタバレと今後の展開は?
漫画の新人佳作賞を受賞した
少女、神藤 マホ。
彼女はその賞金十五万円とともに、
年一回催される巨大出版社、
件(くだん)社の大パーティに
招待されていました。
しかしそのパーティは、あらゆる
ポジションの漫画家が欲をたぎらせる
修羅場であり、豪華な食事と商品が
供され、凡人ではないプロ達の
テンションがマックスになる
晴れ舞台でもあったのです。
招待状を見せてパーティへと
入っていくマホ。
彼女が見たのは豪奢な外見とは
裏腹の、有力編集者が漫画家を踊らせ、
ベテラン作家が若手の手を粉砕し、
打ち切りになった中堅作家たちが
壇上ではりつけにされるという
地獄絵図のような光景でしたが、
兄の仇を探すマホは、軽蔑しつつも
平静さを失うことはありません。
お金持ちらしき作家志望者に、
「これで辞退してくれ」と大金を
積まれても応じることはありませんでした。
そうこうしているうちに、年間賞佳作受賞の
件により、壇上で挨拶する機会を
与えられるマホたち。
皆が醜い内心とは裏腹のそつのない
挨拶をしていく中、マホは居並ぶ
漫画家たちに「暴の力」でのし上がると
宣言し、壇上の新人漫画家たちを
殴り倒していくのでした。
狭い世界のアイデンティティーの読んでみた感想・評価
唐突に先頭打者ホームランを
目撃したような気分になりました。
巨大で有力な出版社である
「件(くだん)社」を軸に繰り広げられる、
強烈かつ不必要なほどに過酷な
作家への圧力と生き残りを賭けたハードな
事態の数々。
少しでも「業界」に縁があれば、いや、
なくてもすぐに、「これは絶対に違う!」
と断言できるほどのハチャメチャさで
ありながら、どういうわけか散りばめられた
本音には頷いてしまうような、物騒な
「説得力」を感じることができました。
実際、うっぷんが溜まっている同士が
パーティで接近してしまい、ムードが
大変なことになることもあれば、
毎日積み重ねているように感じても、
実際はゲームのステータスぐらいしか
蓄積していない、なんてこともある話です。
文化系でありながらとにかく暴力原理で
全てが解決するような異様極まる
世界観なのですが、そこに垣間見える
業界人たちの言葉や行動には良くも悪くも
説得力があり、長期間一線で描き続けてきた
押切氏だからこそ描けると思われるシーンも
いくつもありました。
明らかに本当とは違う業界ものとなると、
どうしても説得力で弱みが出るものですが、
そうならずにむしろ強烈な存在感を
示しているのは、筆力の
高さ故かとも思います。
兄の無念を晴らすために行動を始めた
主人公が色々とヤバい手をためらうことなく
使ったり、合法なはずの会社が
有り得ないほどダーティだったりと、かなり
明確に二面性が見えるようになっており、
素直に読むだけではなく、
「裏読み」をしても面白い一作です。
狭い世界のアイデンティティーはこんな方におすすめな作品!必見
色々な業界ものの作品は多いですが、
小説家が作家業界のことを書いたり
するような「内幕もの」の人気は
高いですね。
同様の理由から、漫画家が漫画界のことを
描いた業界漫画も数多く、「まんが道」の
ような名作も少なくありません。
最近でも、手塚治虫をライバル視する
漫画家の半生を描いた
「チェイサー」などが人気ですね。
もっとも、こうした種類の作品は、どこまで
描くかが鍵になってきます。
何でもかんでもバラしてしまえばいい
というものでもなく、法律等々のリスクを
抜きにしても避けておいた方が
良い話題はあります。
また、逆に完全に腰が引けているのも
読み手が肩透かしになって
しまうという点で問題です。
だからこそ、多くの作品は、絶妙の
さじ加減が求められてきました。
しかし、本作はそうした「縛り」になど
一切制約されず、現実だったら絶対に
有り得ない、ハチャメチャな出版社と
漫画家たちを主軸にするという斬新な
アプローチで、業界もの漫画の世界に
強烈な新風を吹き込むことに
成功しています。
しかし、本作はあくまでも
「業界もの」であり、荒唐無稽なだけの
お話ではありません。
新人よりもむしろツラい立場に置かれる
中堅作家たちの苦境や、人手や
出版不況等々の理由から、無気力系
アシスタントにも強く出られない
漫画家たちの現実、紙媒体主軸か
WEB媒体主軸かでまったく「立ち位置」が
変わる現代漫画家像など、破天荒という
オブラートに包まれてはいるものの
現状の色々な問題をえぐり出していく
強さがあります。
真摯に原稿に取り組み努力を重ね、
云々的な、健全で「正しい」業界系
漫画とはまた別の価値観で動きながらも、
紙面から伝わるバイタリティと各キャラの
えげつないほどの行動原理は明らかに
漫画に懸けている人間のそれであり、
だからこそ面白い以上の要素を
備えています。
爆笑した後になるほどと考えさせられる
面白さを持った作品と言えるでしょう。